わたしが初めて買ったパソコンは、1986年に東芝が発売したラップトップパソコン「J-3100」でした。まだDynaBookシリーズが出る前。OSはMS-DOS、フロッピーディスクモデルで、オレンジ色のプラズマディスプレイを採用していました。重さは7キロ弱、価格はなんと70万円近くもしました。
当時AppleのMacintoshが100万円を超えていた時代です。欲しくて欲しくてたまらなかったMacに手が届かなくて、でも当時日本で流行っていたNECのPC98はどうしても肌に合わず、悩んだ挙げ句に買ったのがこのパソコンでした。そしてその時、一緒に買ったソフトウェアが「一太郎」でした。
当時の私は商社の財務部門に所属しており、資金の運用調達が主な業務でした。当然、仕事に使うものであれば、買うべきソフトウェアはDOSで動く表計算ソフトとしては名高かったLotus1-2-3だったはずです。しかし、買ったのは一太郎。パソコンで動くワープロソフトと言えば一太郎だったのです。今考えてみれば、やはり文章を書くという行為自体に憧れがあったのだと思います。喜々として一太郎で文章を書いていた記憶があります(何を書いていたかは、さっぱり覚えていません)。
一太郎2016を買ったのは、ちょっとした気まぐれでした。ゲーマーでもあるわたしは、Windowsパソコンも持っています。たまたまゲームをしていたわたしは、DropBoxに保存してあった数年前に書いた小説のテキスト原稿を開き、Windowsのメモ帳で表示させました。MS明朝。Macで使っているフォントと比べると正直、美しさでは劣るフォントです。しかし、なんとも言えない懐かしい気持ちになりました。
数分後には、一太郎2016を買っていました。そして、一太郎で小説の原稿を読み込んでみると、そう、あの東芝のJ-3100で、DOS版の一太郎で文章を書いていたときの記憶と感覚が突然蘇ってきたのです。涙がこぼれそうになりました。あの喜々として文章をただただ書いていたころの、万能感とも陶酔感とも形容しがたい感覚です。
わたしは、いま来年の新人賞の原稿を一太郎で書いています。この一年半ほど、どうしても筆が進まなかったわたしの筆を進めてくれたのは、一太郎で蘇ってきた「あの」感覚でした。書くことが楽しくて楽しくてしょうがなかったあのころ。わたしは書くことがあんなに好きだったんだと、思い出すことができました。
そんなこんなで、いま、愛用のMacBook AirにBootcampでWindows10をインストールし、一太郎をインストールしました。他のアプリは一切入れていません。いわば一太郎専用機。なんとも時代錯誤もはなはだしいですが、ワープロ専用機としてMacBook Airを使っています。大好きなMac上で一太郎を使い文章を書くという贅沢。いまはその贅沢を心から味わおうと思います。